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出会いふれあい

小林治 (五段)

空手との出会い
私が空手に出会ったのは、小学校のころ、八王子の松濤館系の演式会であるが、その時の印象はほとんど残っていない。昭和42年たまたま進学した高校では、そのころまだめずらしかった空手部があり、同好会から部に昇格したばかりでした。何かひかれるものがあり、1ヶ月号えた末、5月に入部し空手を始めました。これが私と空手の最初の出会いです。和道流系の先生が指導されていました。そのころ都内の高校の空手部は20校ぐらいでしたので型の試合(団体)組手(団体、寸止め)の試合などでは、基本の稽古をきちんとしておれば、試合のための稽古はそんなにきびしくはなくても優勝や入賞することができました。約三年間続け高校と同じ市内に就職が決まり空手のほうは時々いっしょに稽古をさせてもらい19歳で弐段位を取得することができました。

佐藤塾長との出会い佐藤塾長との出会いは、やはり高校時代で柔道部のコーチとして同じ高校に指導にみえておりました。身体の大きい人がいるなあというのが第一印象でした。同級生に柔道部の友人(笠原稔晃さんで佐藤塾長に最初は柔道そして後に空手の指導を受けられためずらしい経験をする人でもある。)を通じて何度かお話しをさせていただいたのが最初で優しくゆっくり話すのが心に残っております。その後、私は仕事の関係で空手とは縁遠くなりましたが、佐藤塾長が空手に転向され極真会館主催の大会に出場されるということを聞き何度か会場に友人といっしょに応援に行きました。

入門
そして、しばらくして三鷹の体育館などで稽古をされていることを知り、さっそく見学に行きその日に入門させていただきました。これが私の佐藤塾(そのころ佐藤塾という名称はまだなかりた。)との出会いであり、今まで学んだ空手とは異質な空手を新たに学ぶきっかけとなりした。
今でこそ、合宿、滝浴び、寒稽古など様々な行事は定例で開催されますが、その当時は個人的に高尾山へ行ったり、個人の家で合宿稽古的な練習もしました。中味は、基本、移動稽古(かなり本数が多かった)組手、自主でのウエートトレーニングが稽古の大部分をしめておりました。
そんな中で今の道場に移り、佐藤塾第一号の黒帯誕生の時の10人組手は感動的であり、胴上げの時には昇段者も周囲の仲間も心に熱いものがこみあげてきたのをきのうのことのように思い出します。

目標
継続は力なり、佐藤塾も稽古生が増え、少年部ができて、壮年部に我々が参加し、私より年長者が入門されることも大変うれしいことです。(課題は女性参加です。)
佐藤塾主催の大会も開催されるようになり一般部塾生の目標もできました。(若い稽古生諸君は特に基本稽古を大切に3年後5年後を見すえた稽古を考えて欲しい)
私は、大会に選手として参加は出来ませんが、何らかの形で、行事にかかわりを持てるというのも大変ありがたいことのひとつです。私も今年で40歳、空手をはじめて21年、少しも進歩していなくて時々自己嫌悪におちいりますが、45歳や50歳、60歳になっても塾長を先頭に「信頼と感謝」のもと稽古を続けていい汗をかき心身共に充実した日をすごしたいと思います。